日本国内にある、奇抜な構造の3つ橋が、日本三奇橋。猿橋(山梨県大月市)に続く2つめは、富山県の愛本橋。北アルプスの水を集め、暴れ川で知られる黒部川の下流部に架けられた全長206尺(62.4m)という長大な刎橋(はねばし)です。富山藩主、加賀藩主の参勤交代の利便性を大いに改善した橋ですが、残念ながら現存していません。
加賀藩5代藩主・前田綱紀が架橋
富山藩主、加賀藩主は参勤交代の際、黒部川の河口部にあった黒部四十八ヶ瀬を越える必要がありました。
北アルプスの鷲羽岳(わしばだけ/2924m)を源に富山湾へ一気に流れ落ちるのが黒部川。
春先に雪解け水が一気に流れ落ちる暴れ川で、河口部は幾筋にも分流、大雨のたびに流路を変え、下流には広大な扇状地が広がっていました。
街道を黒部川扇状地の下流域を避け、扇状地の扇央部にあたる場所に移し、そこに架橋されたのが愛本橋というわけです。
当時の河川は領地防衛の要(かなめ)でもあったため、反対する家臣も多かったといいますが、それを押し切って架橋しました。
架橋したのは5代藩主・前田綱紀(まえだつなのり)。
富山藩は加賀藩の支藩で、加賀藩主がその必要性を断じたのです。
両岸から巨木を突き出し、それを6層に重ねて中央部でつなぐという刎橋で、その美しさは多くの文人墨客に愛され、日本三奇橋の仲間入りを果たしました。
往時の刎橋は、8回の架替えを経て、明治24年に木造アーチ橋の木共橋(もっきょうばし)に架け替えられ、現存していません。
現在の橋は昭和47年7月に竣工した12代目で、バスケットハンドル型ニールセンローゼ橋。
うなづき友学館内にある「黒部市歴史民俗資料館」に2分の1に復元された刎橋が展示されています。
TOPの画像:在りし日の愛本橋/シマウマ-クラブ蔵(無断転載を固く禁じます)

日本三奇橋 その2:愛本橋(富山県)
愛本橋
あいもとばし

● 富山県黒部市宇奈月町下立
● 木造刎橋
● 寛文3年(1663年)に架橋
当時の加賀藩政を年代順にまとめた『政隣記』の寛文2年(1662)の条には、
「越中新川郡黒部川ハ大河二て水増時ハ往来難成、依之川上之山之根愛本村之所ハ川幅狭し、此所二今年梯を被渡、是より往来之煩なし、是を愛本之橋と云、日本無双の梯也」
と記載されています

