花札の2月の札、「梅に鶯」。そこに描かれた鳥の色がうぐいす色、それがイメージとして刷り込まれた結果、うぐいす色は黄緑色、「その典型は山手線の色」、鶯餅も黄緑色という事態が生まれてしまいました。でもこれは大きな誤解。そもそもうぐいす色は茶系の強い緑色なのです。
明治時代、花札の大流行が誤解を生んだ!?

まずはご存知、山手線のカラーの話から。
山手線の色は、国鉄が定めた色名では「黄緑6号」。
RGBでは、Red123、Green171、Blue79の割合、CMYKではC(シアン)56%、M(マゼンタ)4%、Y(イエロー)89%、K(ブラック)0%という鮮やかな黄緑色で、日本の伝統色でいえば萌黄色(もえぎいろ)に近いカラー。
決してうぐいす色ではありません。
本来のうぐいす色は、灰色がかった緑褐色で、イメージ的には抹茶色。
RGBでは、Red145、 Green141、Green64、CMYKでC43.1%、M:44.7%、Y:74.9%、K0%で配分でも赤み(Red)が強いことがわかります。
うぐいす色は、もともと茶系が流行した江戸時代に生まれた日本の伝統色で、鶯の羽の色を忠実に再現したものです。
平安時代〜江戸時代の日本に暮らす人は、鶯の色を見間違えることはほとんどありませんでした。
なぜなら、「鶯飼」とよばれるほどその飼育が流行。
飼育した鶯を持ち寄り、鳴き声の美しさを競う「鶯合」(うぐいすあわせ)まで行なわれ、明治6年の鳥獣猟規則が施行されるまでは、鶯は実に身近な存在だったからです。
それがどうして鮮やかな黄緑がうぐいす色という誤解が定着したのでしょう。
可能性として考えられるのは、明治20年代以降の花札の大流行。
戦後間もない頃までは、入院患者が病室で花札で遊ぶため(賭け事)、花札禁止の病院があったほどです。
花札に描かれた「梅に鶯」(描かれた鳥は、緑が鮮やかなメジロ)から「花札の鳥の色が、うぐいす色」と勘違い、それが広まったというのが、もっとも納得できる推論です。
うぐいす色は、黄緑色でない!
明治初期まではうぐいす色は正しかった

江戸時代は鶯やメジロなどを籠飼いしていましたから、梅林で見かけるメジロと鶯、さらにはその色を間違える可能性はありません
花札の「梅に鶯」は、あくまで春を告げるものの組み合わせの象徴ということに
花札に描かれた鳥の目が赤いことからしても、あくまでイメージなのかもしれません



