絵本や小説で一度は読んだことのある『ガリバー旅行記』。全4編からなる冒険談ですが、第三編では天空の国・ラピュタ(Laputa)に続いて登場するのが日本(japon)。『ガリバー旅行記』は巨人の国、小人の国など空想上の国ばかり登場しますが、なぜか、実在の国なのに日本が旅先に選ばれているのです。しかも江戸の町にもやってきています。
1709年5月27日、ガリバー日本に上陸!

アイルランドの風刺作家、ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)の『ガリバー旅行記』(『ガリヴァー旅行記』/『Gulliver’s Travels』)が出版されたのは、享保11年(1726年)。
ちょうど、鎖国時代の日本です。
正式な題名は、『船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリバーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇』 (”Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of Several Ships”)という長いもの。
原題が「世界の諸僻地への旅行記」ということからも、近世のヨーロッパ社会においても、鎖国時代の日本がいかに情報の乏しい、僻地だったのかがよくわかります。
そんな『ガリバー旅行記』の第三篇が『ラピュタ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記』(『A Voyage to Laputa, Balnibarbi, Luggnagg, Glubbdubdrib, and Japan』)。
天空のラピュタを旅したガリバーは、祖国・イギリスに戻ろうとしますが、滞在先の大きな島国であるラグナグ王国(Luggnagg)からは故国・イギリスに戻る船便がなく、やむなく、日本経由で戻ろうとします。
ラグナグを出航したガリバーは、15日の航海の後に日本の南東にある港町・Xamoschi(ザモスキ)に上陸、首府であるYedo(エド)で皇帝に謁見、なんとか踏み絵という難関をパスして、Nangasac(長崎・出島)からオランダ船『アンポニア号』に乗ってアムステルダム経由でイギリスに帰国するというストーリーです。
江戸にいたのは皇帝ではなく将軍、上陸地点もXamoschi(ザモスキ)という意味不明な地名なので(神奈川県横須賀市は観音崎説を唱えています)、明らかに乏しい伝聞情報を元に構築した内容ですが、それでも天空のラピュタに比べれば、はるかに現実に近い内容となっています。
注/ニッポン旅マガジンの『ガリバー旅行記』に残される日本の地名とは!?を編集したものです。

江戸時代、ガリバーは日本に来ていた!
『ガリバー旅行記』に登場の日本の地名は3ヶ所

『ガリバー旅行記』に登場する日本の地名は、上陸地点のXamoschi(ザモスキ)、首府のYedo(エド)、オランダ船に乗船したNangasac(ナガサキ)の3ヶ所。
江戸、長崎はともかく、Xamoschi(ザモスキ)は謎が謎を呼ぶ地名です。



